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またこの地域のシンボルである瀬田の唐橋は、古くから音に聞こえた名勝であり、「近江八景」の一景(「瀬田の夕照」)ともなっています。
江戸時代以降では、瀬田川を遊覧する多くの人々で賑わい、特に、船遊びでは流行を読んだ時期もあり、 松尾芭蕉も瀬田の螢船に乗り、
「五月雨にかくれぬものや瀬田の橋」
の句を残しています。文人墨客の往来が頻繁であったことが想像されます。
現在も、瀬田川に網をうち、その収穫した魚を船上で味わう「網船」が観光客の人気を呼んでいます。
一方、唐橋は交通、軍事の要衝であったこともよく知られ、記紀神話の時代から、 「瀬田」の名は現れてきていますし、天武天皇元(672年) の壬申の乱に際しても大海人皇子軍と大友皇子軍との最後の決戦場となったのが、 瀬田橋でした。
長く木造であった唐橋も大正13年(1924)6月にコンクリート製に変わり、 現在の橋はさらに新しく、昭和54年(1979)に竣工したものです。
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