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●地域情報〜瀬田の概要

位置・地形について

「瀬田」は、滋賀県大津市の東部に位置し、南北に6km、東西に12km、中央部はくぼんで南北約3kmのひょうたんのような形をしています。西部分は、琵琶湖あるいは瀬田川に面し、北部は草津市と接する平地部となり、東部および南部は山間部へと連なっています。

中央部には名神高速道路が斜めに横切り、これに並行して西側に東海道新幹線、京滋バイパス、国道一号線、JRびわ湖線等の国土幹線が走り、 琵琶湖瀬田川沿岸には湖周道路、古くは瀬田の経済の中心として栄え、交通の要衝として名高い「瀬田唐橋」を通る旧東海道、また、 県道大津牧長野線、県道大津能登川彦根線等の主要幹線が町中を縦断しています。

 


近江八景のひとつ 瀬田の唐橋

 

またこの地域のシンボルである瀬田の唐橋は、古くから音に聞こえた名勝であり、「近江八景」の一景(「瀬田の夕照」)ともなっています。
江戸時代以降では、瀬田川を遊覧する多くの人々で賑わい、特に、船遊びでは流行を読んだ時期もあり、 松尾芭蕉も瀬田の螢船に乗り、

「五月雨にかくれぬものや瀬田の橋」

の句を残しています。文人墨客の往来が頻繁であったことが想像されます。
現在も、瀬田川に網をうち、その収穫した魚を船上で味わう「網船」が観光客の人気を呼んでいます。
一方、唐橋は交通、軍事の要衝であったこともよく知られ、記紀神話の時代から、 「瀬田」の名は現れてきていますし、天武天皇元(672年) の壬申の乱に際しても大海人皇子軍と大友皇子軍との最後の決戦場となったのが、 瀬田橋でした。
長く木造であった唐橋も大正13年(19246月にコンクリート製に変わり、 現在の橋はさらに新しく、昭和54年(1979)に竣工したものです。

 
 
 

人口・世帯数について

瀬田地区は、東海道本線(現在JRびわ湖線)や国道一号線といった幹線が整備されており、 早くから京阪神のベッドタウンとして人口が急増しました。 特に、瀬田駅の開業(昭和44年)や名神高速道路の瀬田西インターチェンジの供用開始(昭和54年)により、 この傾向に拍車がかけられました。
人口急増に伴い小学校区の分割が進み、「瀬田」「瀬田南」「瀬田東」「瀬田北」「上田上」そして「青山」の6学区に分割されています。

 
 

人口

世帯数

全体

男性

女性

大津市全域

329.675

169.437

160.238

128.255

瀬田地域(上田上、青山含む)

65.425

33.156

32.269

24.980

瀬田4学区(瀬田、南、東、北)

55.106

27.901

27.205

21.752

上田上学区

2.453

1.290

1.163

800

青山学区

7.866

3.965

3.901

2.428

瀬田学区

10.187

5.100

5.087

4.019

瀬田南学区

15.484

7.979

7.505

6.067

瀬田東学区

14.367

7.253

7.114

5.552

瀬田北学区

15.068

7.569

7.499

6.114

(平成1941日現在)

 

 
 

 

520-2141滋賀県大津市大江4丁目1810 TEL077-545-2137 FAX077-543-1404

 

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